SIMPLE x GREEDY

ミニマリストになり切れない、アラフォー独女のシンプルだけど欲張りな日々。

強欲なワタシが、いかにしてsimplistになったのか#1

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ブログを始めて数日たったので、そろそろSimple×Greedyの核心に触れる、投稿をしていこうと思います。

 

まずは、ライフストーリーになってしまいますが、私がどういういきさつでシンプルライフを心掛けるようになったのか、について。

 

かつての私は「あれもこれも」の欲張り一色で、お金の管理もへたっぴでした。

 

今でもそれなりにお金も使うし、モノもあるけれど、過去に比べたらかなりシンプルにまとまったと思います。

 

そんなマキシマリストの私が、いくつかのライフステージを経て、シンプルに生きることを決めるに至りました。

 

 

 

①「単なる欲張りで、宵越しの銭は持たない江戸っ子気質」時代

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かつての私は、好奇心が旺盛で、興味を持ったことには猪突猛進!って感じでした。

それは悪いことではないのですが、そうなるとお金もそれなりに出ていくわけで・・・

 

大して稼げる仕事をしていたわけではないので、

収支のバランスを考えることなく、

もちろん老後のことなぞ考えようともしなかった。

 

映画や美術鑑賞が好きで、

買い物好きで、

友達もそれなりに多かったので、週末には人と会う約束が続いていたし

(つまり外食代がかさんでいたということ)

アロマテラピーの勉強をしたり

写真を取ったり

海外旅行したり

手作りアクセサリー作って売ったり

 

こうして列挙してるだけでも「げほっ」となるくらい、多趣味で多出費な日々を送っておりました。

 

でも、当時はそんなリア充な自分を自覚せず、自分や自分を取り巻く環境に不満ばかり。

 

後日、当時書いていたブログを読み直して、「少ない稼ぎの割には、楽しんでるじゃん、自分!」と、過去の私に突っ込みを入れてしまいました。

 

人生、引き算ではなく、足し算の法則でとらえていくことが大事だと学んだ一瞬でしたね。

 

②3.11の震災と無職時代~シンプリスト誕生期

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ずっと私は海外で仕事をすることを夢見ていたのですが、家庭の事情でなかなかそれが叶いませんでした。

 

そのことが当時の不満の大きな原因だったのですが、

そんな私も現状を打破しようとそれなりに行動に出ていたのが功を奏して、

ついに海外へ出られることに!

 

その準備期間と称して、勤めていたところを辞め、フリーランス生活を始めた矢先に起こったのが3.11でした。

 

ワタシは日本にいる外国人相手の仕事をしていたので、震災後クライアントが東京から続々と脱出していったことで、9割がた失業状態に陥りました。

 

貯金を切り崩して生活していく必要に駆られたことから、節約生活を送ることとなりました。

 

同時に、世の中も震災から得た教訓から、行き過ぎた消費主義的ライフスタイルに疑問符が掲げられて、シンプルライフや昔ながらの暮らしを見直そうという風潮になっていきました。

 

 

③南の島での2年でシンプルライフの神髄を知る~シンプリスト初心者時代

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震災後しばらくしてから少しずつ仕事も増え、空き時間を将来のための勉強などの時間に充てていたのですが、努力が実り、2年間南の島国で仕事をすることとなりました。

 

その島国は「海しかない」と言っても過言ではないくらい、日本とは全く異なる環境。

 

野菜も取れない土壌なので、ローカルが食べるのは缶詰やジャンクなお菓子、パン、米。幸い魚介類は豊富なのですが、日本のスーパーが恋しくなりました。

 

また、日用品も輸入に頼っているので、1回使ったら壊れるようなものでも高価で、100円ショップが恋しくてたまりませんでした。

 

ただ、通勤に殆ど時間がかからなかったり、仕事後の時間が長かったり、週末は海遊びや持ち寄りのうちパを楽しむなど、ライフスタイルは本当にシンプルそのもの。

 

ひとりの時間は自宅でDVDを見たり、語学の勉強をしたり、本を読んだりしてました。

更に創作意欲も湧いて、絵を描いたり、アクセサリーを作ったり、ミシンを借りて縫物したりしてました。

 

モノで溢れる日本と、ものが無さ過ぎる島国という両極端な生活環境を経験したことで、私はシンプルライフの神髄を学ばせてもらった気がします。

 

「ない」生活の中で、自分が本当に求めていること、必要なことがはっきりしましたし、その後のキャリアパスの展望も変わりました。

 

初めての海外暮らし&仕事の体験も、異文化の中に身を置くことや、異文化の者同士が働くことについて非常に勉強になりました。

 

そして2年の任期を終えたワタシの心は、7割がたシンプリストになって帰国したのでした。

 

長くなるので、今回はここまで。

#2へ続く